どうやって古いボヘミアのお金はドルになりましたか

トマーシュ・ゲツコ

古くはヨーロッパのお金は、銀と金から作られていました。中世や近世にヨーロッパ大陸でお金が主に銀から作られました. 「銀本位制」と呼ばれて、現代まで使われました。現代に入って「銀本位制」は「金本位制」に変わりました。

ドイツで使われていた銀貨は「Thaler通貨」と呼ばれました。そしてアメリカの通貨「ドル」の名前はその「Thaler銀貨」から来ています。面白いのはその「Thaler銀貨」は古いボヘミアのお金でした。

中世のボヘミア王国にはたくさん銀の鉱山がありました。たとえば1300年ごろのボヘミアの「Groš銀貨」がヨーロッパで評価されました。そのためボヘミア王国はとても有名でした。ヨーロッパの政治で強い地位を持つようになりました。豊かなボヘミアの王様はカレル四世の時代(1346年から年1378まで)から神聖ローマ帝国の皇帝でした。

そして1520年にボヘミアのJoachimsthalという町で新しい銀のお金が作られました。ヨーロッパでは「Joachimsthal銀貨」と呼ばれました。1528年に「Joachimsthal銀貨」はボヘミア国家のお金になりました。その名前を短くして「Thal銀貨」になりました。Joachimsthalは、今日のチェコのJáchymovという町です。Karlovy Varyの近くです。

image001Jáchymov 

また「Joachimsthal」の名前は面白い意味があります。十六世紀のボヘミア王国には、たくさんのドイツ人が住んでいて、Joachimsthalはドイツ語で「Joachimの谷」です。今もドイツ語で「Tal」は谷です。「Thal銀貨」を翻訳すると「谷の銀貨」ですから。

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古いボヘミアの「Thal銀貨」

すぐに新しい「Thal銀貨」はとても有名になりました。十六世紀から「Thaler」はドイツで銀貨の同義語でした。でもボヘミアに住んでいるチェコ人は「Thal」で買うとき「Thaler」の言葉を使いませんでした。代わりにチェコ人はそのお金を「Tolar」と呼んでいました。「Thaler」と「Tolar」の音は面白くて覚えやすいから、その名前がたくさん使われました。十六世紀の後半にすべてヨーロッパの銀貨は「Thaler銀貨・Tolar銀貨」と呼ばれました。たとえばスロベニアのお金は2007年まで「スロベニアのTolar」でした。でもドイツ語の「Thaler」はドルのためにもっと重要でした。

オランダ人も「Thaler銀貨」を使いましたが名前がちょっと変わりました。ドイツ語の「Thaler」は「Daalder」に変わりました。十七世紀に北米の植民地でお金が必要でした。イギリスは北米へのお金の輸出を禁止して、オランダ人は「Daalder」を輸出しました。

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オランダDaadler銀貨

北米に住んでいるイギリス人によって、そのお金は「Dollar」と呼ばれました。1775年から1783年までアメリカ独立戦争がありました。十三の植民地が勝って新しいお金が必要でした。「Dollar」はとても人気のあるお金でしたから、1795年に銀の「Dollar」が作られました。日本語でドルです。今は世界で約四十か国がドルを使っています。

 

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どうやって古いボヘミアのお金はドルになりましたか」への2件のフィードバック

  1. 2年ほど前にヤヒモフへいったことがあります。ヤヒモフの銀の採掘の最盛期は15~16世紀、そのころ日本の石見銀山も銀採掘の最盛期で、この二つで、当時の中世の銀採掘量30トン前後の大部分を占めていた、と聞いています。それで興味があってヤヒモフへ行きました。岩見銀山は世界遺産になってますがヤヒモフはいまは寂しい街ですね。

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