私の街 Poříčany (ポジーチャニ)

ヤン・リビフ

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「Poříčany」という村は小さくても、プラハより歴史がある所がなくても、私の故郷なのだ。だからみなさんにPoříčanyを紹介したいと思う。Poříčanyはプラハから東の方へ40キロぐらいだ。「Šembera」という川が中央をとおって流れている。住民は約1500人で、その1500人の中で、平均年齢が45歳だ。つまり、住民は年をとっている人ばかりだということである。おそらく、若い人はだんだんプラハに引越ししたのだろう。

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「Poříčany」という名前は、面白い意味を持っているのだ。「Po」と「říčany」に分けられる。「Po」というのはチェコ語で「後」または「~に沿って」という意味を表す。そして、「Říčany」というのは「川岸にある集落」という意味を持っているのだ。ゆえに、「Poříčany」は「川岸に沿う街」というものである。その「川岸」はもちろん、Šemberaの川岸だ。

歴史

Poříčanyの歴史書によると、8世紀Šemberaの河岸で盗賊に対する防衛のために集落が作られたそうだ。なぜかというと、中世、川岸に立っている街の征服が結構難しかったからだ。

14世紀半ばに教会が建てられたそうだ。その教会は18世紀の農民反乱によって破壊されて同じ場所に新しい教会が建設された。現在、この教会は、Poříčanyの象徴であり、一番古い建物である。Poříčanyには他の歴史がある場所がない。第二次世界大戦中、教会をのぞいて、完全に破壊されたからだ。

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19世紀に、プラハからコリーン行きのPoříčanyを通る線が建設された。Poříčanyは中央ボヘミアの交通ジャンクションとして不可欠になってきた。

周りの自然と面白い場所

古代、ポジーチャニの周りに森が広がっていた。残念ながら、今は全域農業に利用されているから、森は一つしか残っていない。それは、私のジョギングをする大好きな「Kersko」という森だ。

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たぶん、一番面白い場所は近くにある街の「Sadská」の自然的に形成した砂丘だろう。こんな珍しい自然現象はどうやって形成したのかを調べてみると、第四期その領域に「Labe」川の河床があって流れて来た砂浜の沖積層が集まって形成したということがわかる。今の砂丘は「Písečný převis u Píst」と呼ばれる。この砂丘を見に行きたい場合は、かなりの距離歩くことになることを覚悟してください。Sadská駅から砂丘まで一時半間ぐらいかかるからだ。

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砂丘への行き方は、まずPoříčanyから「Nymburk」行きの電車に乗ってSadskáまで行く。Sadská駅で降りると、砂丘の案内板がすぐに見えるので、道に迷うことはない。

Poříčanyは静かできれいな自然に囲まれている村で、面白い場所もあるので、時間と興味があったら、ぜひ見に来てください。